「母の手」2

季刊「銀花」2006秋第147号の特集は「母の手」2だ。端縫い物語と題して、端切れを少しずつ集め、集め集めして、貯まった端切れを、ひと針、ひと針丹念に、丁寧に縫い、半天や米袋が、今で言う金襴緞子のパッチワークが、しわくちゃの母の手で作られたことに感動を覚えた。
加賀ぬきにもその美しさに感動した。
7年前にも「母の手」特集があり、私は「母の手」を書いた短文を書き、思わず投稿した、母に縫ってもらったズボンの「ツギ」事を書きその記事が掲載された。小学校5年生だった僕のおしりのツギを見て、女の子に冷やかされた事がほんとにショックだったことを覚えている。忙しい商売仕事の合間をぬって縫ってくれたズボンのツギ。寂しくいえに帰り、思わず、ツギのないズボンを履きたいと、母親にダダをこねたことが今亡き母への負い目となっている。

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この記事へのコメント

kako狸
2006年08月30日 13:16
いちゃむさん、BBQでお会い出来ずに残念でしたが、大活躍だったのですね。次回お目にかかれる事を楽しみにしています。今でこそ<継ぎあて>をされたズボンをはいている子供を見かけなくなったけれど、私達が子供だった頃は良く上着の袖やズボンのお尻や膝が抜けて継ぎがあたっていましたね。継ぎをカモ(ム?)フラージュする為にアップリケなんてのもありましたよね。
kako狸
2006年08月30日 13:16
今は物が豊かなせいか、生地も良くなったのか、中々擦り切れるまで着なくなりましたね。今の人は<継ぎ>とか<繕い物>なんて言葉を知らないのかもしれませんね。私は今でも繕い物が結構好きで、もちろん外出時には着ませんが、鉤裂きを裏の方の生地をカットして、柄を合わせてチクチク縫って繕うのが好きですね。流石に擦り切れたり、抜けたりしての繕いはありませんけどね。捨てる事は簡単でも愛着があって中々捨てられないのです。捨てないのに買うことは買うので、どんどん洋服も貯まるのですね。物を大事にする心は何時までも伝えていきたいですよね。お母様も新しいズボンを買って穿かせてはおあげになりたかったでしょうが、その当時生活も大変だったのですよ。私達は多かれ少なかれそういう時代でしたよ。今になって思うとダダをこねた事が負い目かもしれませんが、お母様も分かっておいでですよ。
いちゃむ
2006年08月30日 23:18
kako狸さん、コメントありがとうございます。30年代は、まだまだ物が足らない時代でしたね。新しい服を買ってもらったのもほんとに年1回あるかないかで…、ズック靴も親指のところに穴が開いててもなお履き続けるのが普通でした。今は、物があるのが当たり前になってしまって、自分も買ってはみたものの使ってないものがあるわ、あるわ、反省しています。母も笑って見守ってくれているのではないかと想っています。次ぎのBBQには、是非参加させてもらいたいと思います。

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